『早春』作品 紹介 

『早春』令和 四年六月号(通号 1123号)より 
新鐙抄 早春主宰の選句 十六句を掲載しました。 

  新 鐙 抄 南 杏子 選と 選 後 言 

 

蝌蚪の紐解けて見ゆる点と線 

中村 としゑ 

  蝌蚪の産卵は春、水田・池・沼その他の水溜りに行なわれ、寒天質のものが紐状につながっている。十日ぐらいで孵化し、真黒に群がって泳いでいる。頭が大きく尾は小さい。その様子を点と線と感じた作者である。観察力の表現が素晴らしい。 

 

種袋一つ一つに命あり

北田 文代 

  農家では、自分で栽培するものは自家採取している。近頃は、園芸店であらゆる種袋が売られているので、種袋の美しい絵を見ているだけでも楽しくなる。振って音を聞く。音のいろいろに命の尊さを思わせたところが良い。 

 

縄解かれ松の息吹や春の月 

水野 輝子 

 冬の間、雪折れを防ぐために、松などの枝を支柱から、縄でつり上げている。暖かくなる頃一斉に雪吊りの縄を外すと、松が立派に見える。暗闇の中、美しい松に春の月が掛かった映像が、鮮やかに目に浮かぶ。 

 

下萌や園長も乗る縄電車 

藤原 好文 

  下萌は、早春、大地から草の芽が萌え出ること。掲句は、まだ肌寒いが、園児達は元気に縄電車で遊ぶのである。「園長も乗る」で、園児達の喜ぶ声が読者の心にも響いてくる。 

 

雪解野や兵士の墓の紅き供花 

畑    拓夫

  春になって積雪が溶けると、野原も見えてくる。まだ人の動きもないので殺風景である。その中に一際目立つ紅い花に目を向けると、戦争で命を落とされた墓碑と気付いた。作者は春スキーに行かれ、その旅先の句である。紅き供花に胸が痛む。 

 

畦道のぺんぺん草とおかつぱと 

野口 郁子 

  ぺんぺん草は、ナズナの別称。莢の形が三味線の撥に似ている謂れである。手で振れば音が聞こえてきそうである。おかっぱのイメージが硬い髪で、ぴんぴん跳ねているようで、明るさに富んだ作品。 

 

兼六園藩主家紋の梅日和 

柿木 八寿子 

  兼六園は日本三名園の一つ。加賀藩主前田家の庭園である。早春の冷たい空気のなか梅は香り高い花を開くのである。「一輪ほどの暖かさ」である。梅日和で清楚で気品も高貴さもうかがうことができる。 

 

催花雨の朝に濡れて名草の芽 

駒木     等

  名草の芽とは、朝顔、桔梗、芍薬、牡丹、薔薇、アヤメ、紫陽花など。花の咲き出す頃に降る雨に、庭の草の芽がどんどん大きく膨らむ様子を捉えたところ巧みである。 

 

ふたとせの帰心の日日や春の風 

東面 昭博 

  春の風は、のどかでのんびりした感じである。また、春は人を思う季節でもある。掲句は、新型オミクロン株の収束がなく二年が過ぎた。この二年間 故郷のことは一度も忘れたことはない。「帰心の日日」の思いがこの作品を、一層切なくさせる。 

 

突つ張つてみたき少年草青む 

井伊 巳佳 

  草青むは、春になって草が青青と地上に萌え出て、草の青さが目にしみる。子供から少年への成長には、反抗期がある。この句の場合、日常の生活に少し変化を感じた。態度にも現れ、親としては、嬉しさと不安が募るが、草青む で明るい様子が浮かぶ。 

 

朝寝して先づたつぷりと化粧水 

岡本 佳子 

  朝寝は、充分な時間、熟睡してもまだ眠たさが心地よく、起きられぬ。作者は、何時も美しく装いて句会にご出席される。化粧水を存分に使って、女性としての身嗜みを心得ている。 

 

春の昼短冊替へて迷ひ断つ 

勘山 かよ子 

  春の日中はのどかで眠気を催すのである。晩春の気分が濃い。人生はいつも浮き沈みが背中合わせである。重大なことに、決断を下すのは難しい。模様替えをして作者の好きな短冊の言葉に励まされた。春の昼 の季語に明るさが見える。 

 

耕人の力打ち込む鍬の音 

竹林 敦子 

  野菜の種を蒔く時、苗を植えつける前に田や畑の土を鋤き返し柔らかくする。耕耘機やトラクター等で鋤き返すが、小さな畑であれば鍬を使うのである。土が堅いので、人力ではなかなか手強いのである。「力打ち込む」で鍬の音が聞こえてくるようだ。 

 

二タ 駅を乗りこすバスや目借り時 

志比 利安 

  春も深まる頃、人は眠たくてたまらなくなる。これは蛙が人の目を借りてゆくから、とも言われる。乗物はバスである。心地のよい揺れで、うつらうつらとしてしまう。気が付くと乗り越して戸惑っている作者。 

 

鷹鳩と化し少年の反抗期

 辻 美知子 

  殺気ある鷹が温和な鳩に変わるという。中国古来の伝承である。鷹はやさしい鳩になったが、少年はこれから反抗期に入る。正反対の表現が 想像力を醸し出す。 

 

田螺取した良き兄を懐かしむ 

長田 義枝 

  田螺は、タニシ科の淡水産巻貝の総称。齢を重ねるとお兄様の思い出に耽る。楽しかった 田螺取りが 鮮明と言う。喧嘩もしたが、今になると最愛のお兄様であることがにじみ出ている。