『早春』作品 紹介 

『早春』令和 五年一月号(通号 1130号)より 
新鐙抄 早春主宰の選句 十六句を掲載しました。 

  新 鐙 抄 南 杏子 選と 選 後 言 

 

  天高し胸突き出して切るゴール 

  本多      薫 

秋は大気が澄み、ひろびろと空が高く感じられる。このスポーツは、マラソン競争であろう。大学駅伝も盛んである。結果に、日頃の過酷な練習が、背景に見える。タイムを縮めるには、「胸突き出して」が、緊迫した様子を連想させる句となった。 

 

巡りくる日日の尊さ柿なます 

田中 秀一 

 柿なますは、干柿を刻んで甘酢に浸し、和えたもの。めぐりめぐって、その日がやってくる。今まで、平凡な暮しが当り前と思っていた。母上を亡くされて、生活に無力感を味わった。「日日の尊さ」に表れている柿なますが、母を慕うのである。 

 

林檎むくナイフ灯火を撥ね返す 

野口 郁子 

林檎は、青森。長野など冷涼の地方で栽培され、秋から冬に」かけて成熟する。ナイフでくるくると皮を剥くと甘酸っぱい香りがあり、瑞瑞しい。手元に集中すると、ナイフが明かりできらきらする。その一瞬を捉えたところが、見事であり、佳句となった。 

 

実石榴や滾るいのちを身にうづめ 

青木 国香 

 秋日に熟れて自然に裂け、多数の白い種子が、びっしりと果肉に被われれている。その情景は、まるで怒り悲しみなどの激しい感情を、抑えているようだと、作者は心の内を実石榴に委ねているのである。 

 

耀いて子規忌供養の入選句 

東面 昭博 

 豊中市の東光院(萩寺)であろう。お寺にお参りすると、早春祖師の墓碑と句碑に会える。毎年五月と九月は、会員も参詣する。特に九月は萩祭と子規供養で、境内は賑わう。萩の枝に入選句を短冊で吊す。それはまるで誇らかに萩の風を受け揺らぐのである。 

 

秋声や紫香楽宮の夢の跡 

畑     拓夫      

 聖武天皇の離宮。現在も建設当時の景観が、大きく損なわれることなく、水田風景や豊かな里山が残っている。作者は、華やかな宮殿が蘇るような光景に巡り合って天平の世を感じたのである。「秋声」の季語が的確。 

 

木犀のかをり親しく回覧板 

水野  輝子

 木犀は、香り高く花の姿を見るより早く、まずその香りに開花を知る。隣近所共、一斉に庭師が丸く刈り上げた木犀が、香りを繋ぐのである。「かをり親しく」が、近隣との暖かさを感じさせられる。回覧板は、文書などを板、厚紙に付けて回覧するもの。 

 

秋の夜や昭和メロデイー胸をつく 

北田 文代 

 秋の夜とは、月が冴え、虫の音も聞こえもするが、静寂な雰囲気が漂っている。昭和メロデイーは、時代背景の心情が鮮明に浮かぶ。ご主人を亡くされた作者の中七に、秋の夜の計り知れない淋しさが伝わってくる。 

 

小さき田に案山子の親子手をつなぎ 

井上 泰子 

 案山子は農神でもあり、田畑の中に立てて鳥獣を威し、その害を防いだ。この句は、宅地の中に小さな植田が残っている。人ではなく、手をつないでいるのは、案山子の親子であることに納得。何とも微笑ましい好景に心が和むのである。 

 

柿熟れて一樹の影の美しき 

青木 つゆ子 

 柿の実は、葉が落ちつくす霜の降るころには、樹上に赤色に熟す。掲句は、空の青さと熟柿の景も良いが影に目を落とすと一本の大樹に感動した。影の静かな美しさを感じさせる。 

 

晩景の中に浮き立つ紅葉かな 

勘山 かよ子 

 晩景とは、夕方の景色。または、夕日の影。晩秋の寒さや霜にあうことにより、落葉樹の葉は赤く、黄色になる。夕日の中の紅葉は、色が透けて明るくきらきらと耀き、たちのぼっているような光景を想像させる。 

 

籾殻の燻り続けて夕日落つ 

福本 靖子 

 籾は、稲の穂から落としたままで、殻がついた状態のものをいう。籾殻を燻って畑の肥料にもする。朝から夕日の暮れるまで、煙が棚引く田園風景が目に浮かぶ。「夕日落つ」で時間の経過も伝わってくる。過疎化の進んでいる夕暮れの中、感傷にひたる。 

 

ふるさとや色なき風の中に立ち 

安田 雅子 

 秋の風を色に配すると白で表す。久し振りに故郷に帰ると空気も澄み、苅田の広広とした光景に心が解れるのである。都会の生活とは違って、素直な自分に気付いた。「色なき風の中に立ち」が、そのように伝えているようだ。 

 

くつきりと畦をいろどる曼珠沙華

 川野 容子 

 秋の彼岸頃に咲くので、彼岸花というが、俳句では曼珠沙華と詠まれることが多い。畦を縁取りしたように、花の犇めき合って埋め尽くした様子を描ききっている。 

 

青空を寄せ食べ頃の檸檬捥ぐ

 山本 邦花 

 檸檬は、香気を減じないように青いうちに採取してレモン色に色出しする。庭に実をつけたレモンであろう。それほど多くはないが、我が家では十分である。紅茶や料理に添える等等。レモンの香りが届いてくるようだ。 


中指で絵具混ぜるや草紅葉 

松下 充男 

 秋も深まって来ると木の葉だけでなく、草も紅葉する。紅葉の季節には、写生のグループの人に出会う。作者も一人の画家として絵筆を動かしているが、思っている彩は指を使うのである。上五の「中指」がいきいきとして表現されている。草紅葉の季語も良い。