「早春」令和八年一月号(通号1166号)より抜粋

新年   雑感

 早春社 主宰 南 杏子 

  あけましておめでとうございます。令和八年の新春、早春 通巻1166号となり、創刊より101年を迎える。あらためて祖師、先師の足跡などを掲げてみたいと思う。

祖師、先師の賀詠

手鞠唄ほのと昔が縁先に   永尾  宋斤

 初がらす知足に仰ぐ天広し  神田   南畝

  紫に黄に紅に初日いづ     藤本   阿南

 住み古りし大和美し初山河     岡本   香石

 人日や机にざせば句の世界   岡野   洞之

宇治橋に仰ぎ初空巨きかり   渡辺   乾魚

  いずれも新年にふさわしい詠草であり、早春百年の歴史に思いを深めたことです。歴代の主宰が提唱し、現在に引き継がれてきた理念をもう一度振り返って、今後の早春はどうあるべきかを考えたいと思い、一部を抜粋しました。

祖師 永尾宋斤は、俳句は大自然を讃仰し、人生を味到する詞として、春夏秋冬に季感を尊重する短詩の芸術であるとした。二代主宰 神田南畝は、作家みずからが、誠実でなければならない。そうした心より詠う作品が作家の分身であり、本当の作品である。 三代主宰 藤本 阿南は、平明簡素、誰にでも分かるやさしい俳句。蕪村の時代も何も変わらないのである。 四代主宰 岡本香石は、宋斤祖師の申された「短冊にかけるような句」を詠むことを心がけることである。五代主宰 岡野 洞之は、自然を見つめ,俳人には、俳句の匂いがしみこんでいなければならない。私はこれが俳人の心構えでありたいと思っている。自然が俳句の原点だからである と。

  以上 表記いたしましたが、強い表現は避け、理論俳句よりも 、心より発生するものを 純粋、素直に詠うことである。軽薄な安易な気持であって良いというのではない。俳句の心得として、写生を心ざすべし、頭で作ることはさけるべし、新鮮なうちに詠むべし、絶えず作るべし、であると思う。

  近年は異常気象により、二十四節気を大事に季題を重んじている俳句界では、悩みの種である。自然を詠むためには、臨機応変に対応して考えなくてはなりません。

  最後になりましたが、結社 早春は、昨年一月創刊百周年の記念祝賀会の慶びを、関係の深い方々のご臨席を賜り、詩友の皆様と共に催すことができました。百周年を記念し、早春の先師 直原 玉青ゆかりの淡路島 国清寺に、合同句碑を建立。また、祖師 宋斤の「俳句結社 早春の系譜」を刊行しました。このように立派に百周年の足跡を残すことができましたことを心より感謝と御礼を申し上げます。 

 今後も 詩友の皆様全員と、輝かしい読み応えある早春誌を編んでまいりたいと願っております。 

令和八年元旦


 以上